長湯温泉旅館組合・総合案内 お電話でのお問合わせ・長湯温泉観光協会 TEL:0974-75-3111

長湯の歴史
長湯温泉は、大分県久住山系の東の麓にある直入町にあります。
古くは、岡藩主中川久清公などに愛され、藩主・藩士の湯治に認めれていた古い温泉地。
世界屈指の炭酸泉湧出地として知られ、その泉質は「飲んで効き 長湯して利く 長湯のお湯は 心臓胃腸に血の薬」と称えられています。
古くから与謝野晶子ら文人墨客に好まれ、ゆかりの歌碑も多く点在しています。
先進的なドイツの保養温泉地とも交流が深く、古き良き湯治場としての魅力を現在に受け継いでいます。

●風土記の時代にさかのぼる長湯温泉の歴史

長湯温泉の歴史を紐解くと、風土記の昔(8世紀半ば)にまでさかのぼります。
当時、長湯温泉は湯原温泉と呼ばれ、『二つの湯の川あり、神の河(寒川、のちの芹川)に会えり』と記されているその「湯の川」が長湯温泉を指したと伝えられています。

●藩営温泉「御前湯」の誕生(江戸時代)

長湯温泉は古い歴史をもつ湯治場ですが、入湯施設が整い始めたのは江戸時代になってからのことです。
宝永3年(1706年)8月、この地を治めていた岡藩主・中川候の入湯宿泊の便をはかるために、温泉を取り込んだ御茶屋が建設されました。
これが初めての藩による湯屋・御茶屋の建設であったといわれています。
その後、安永10年(1781年)に、中川寛得軒の設計、岡藩の普請による新湯(御前湯)が作られました。これが現在の「御前湯」の始まりです。

●現在の長湯温泉が築かれるまで

昭和8年、ドイツで温泉療養学を学んだ松田武幸博士と、直入の先人、御沓重徳との出会いが、長湯の温泉史に大きな変化をもたらしました。
御沓氏の長湯の温泉を広く世に知ってもらいたいという志のもと、松尾博士は実験を重ね、長湯の炭酸泉の効能を実証。
その類いまれなる効能を「飲んで効き 長湯して利く 長湯のお湯は 心臓胃腸に血の薬」と称えています。この稀少な温泉を世に広めるべく、長湯観光協会を設立します。

Copyright 長湯温泉旅館組合 All Rights Reserved.